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同窓生対談!鹿児島実業高校編@FC東京クラブハウス

同じ場所でサッカーに明け暮れた同士だから分かり合える。厳しくも懐かしい日々を語りつくす同級生シリーズ。普段それぞれが違う日々を過ごしていても、話し始めるとあの頃の気持ちがよみがえる。今だから言えること、聞けること。いつもとは違うサッカー選手同士のリラックストーク!

鹿児島実業高校(かごしまじつぎょうこうこう)
サッカーの強豪校として全国高校総体出場24回(うち準優勝:1回、3位:4回、ベスト8:2回)、全国高校サッカー選手権大会出場22回(うち優勝:2回、準優勝:3回、3位:3回、ベスト8:5回)、高円宮杯出場9回(うち優勝:1回、準優勝:1回、ベスト8:3回)の実績を誇る。またサッカーだけでなく、野球や陸上の名門校としても知られている。
【鹿児島事業高校出身の主なサッカー選手】遠藤彰弘(ヴィッセル神戸) 、平瀬智行(ヴィッセル神戸 元日本代表) 、遠藤保仁(ガンバ大阪 日本代表・06WCメンバー) 、那須大亮(横浜F・マリノス) 、松井大輔(ル・マン(フランス) 日本代表)、伊野波雅彦(FC東京) 、岩下敬輔(清水エスパルス) 、栫大嗣(サガン鳥栖) 、豊満貴之(ヴィッセル神戸) 、萩原達郎(ベガルタ仙台) ほか

とにかく怖かった松澤監督と猛練習

WSM 今回は鹿児島実業同窓生の方々にお集まりいただきました。本来であれば松澤総監督も同席して頂く予定でしたが、急用のため残念ながらご欠席です。
松澤総監督に今回の企画のお話をしたら二つ返事で快諾いただいたのですが。とても残念です。
前園 (監督は)しゃべるの好きだからね(笑)。
藤山 基本的にはね。
前園 でも、俺らの頃はただただ厳しかった。
藤山 うん。今だから先生と話せるけど、ね。
前園 去年か一昨年に学校に行ったんだけど、学校の場所も当時と変わっていて、その時話した監督、もうだいぶ柔らかくなっていて。当時に比べると練習もだいぶ楽になってるみたい。
WSM そんな松澤監督のいる鹿児島実業に入るまえのイメージは?
前園 入る前から聞いてましたけど、聞いたとおりの怖い監督でした。(笑)
赤嶺 怖かったです。(笑)
WSM そもそも鹿児島実業に行こうと思ったきっかけは?
赤嶺 鹿児島実業は名門校だったし、やっぱ(高校)選手権に絶対出たいっていう気持ちですね。
WSM どこの高校でも独特の風習みたいなものってあると思うのですが、鹿児島実業ではありましたか?
前園 書けないね(笑)。書けないことばっかりだね。

練習と試合に明け暮れた3年間

前園 そうだ、朝練ってあった?
赤嶺 はい、ありました。
前園 上半身裸で?
赤嶺 そんなことなかったです。
前園 俺らは裸だったよ。(笑)
藤山 ソックスも履かなかったよね。
前園 そうだよ〜。ソックス履いちゃだめなんだよ。真冬に。
藤山 スパイクは凍ってるし、グランドも凍ってる。さらにベンプレ(=ベンチプレス)持ってたよね?
前園 朝から。朝からベンチ持ってますからね。グランドで。
藤山 短パン一枚で、ね(笑)。
WSM 筋トレもですが、鹿児島実業では走ることは多いのですか?
藤山 毎日練習終わったら12分間走かダッシュか、どっちか。まあ、これが普通?
前園・
赤嶺
普通。
前園 ゴールからゴールまで50本ダッシュ。それもやってるうちに増えていくんだよね。
WSM そうした練習を繰り返した部活の中で一番覚えてることは?
前園 練習が本当につらかったから、つらい練習に耐えて選手権に出れたこと。自分たちの代ではじめて国立にいけたから。それが一番の思い出かな。
藤山 インターハイとか国体とか、とにかく関係なくて。選手権だけを目標にして一年頑張ってた。国立に行けたのは本当に良かった。
赤嶺 やっぱり選手権が最大の目標だし、自分たちも国立にいけたのでそれですね。
藤山 今でこそ常連校だけどね。
赤嶺 ベスト4は当たり前ですね。
WSM では、逆に部活以外で高校時代、一番楽しかったことは?
前園 遠征でバス移動してるときは、大変なんだけど楽しかった。宿に泊まってるときとか、フェリーに乗ってる時間とか。
藤山 みんなで時間を共有してるっていうのが。
前園 楽しい。
藤山 それしかなかったな。夏休みも…。

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プロフィール

松澤隆司

松澤隆司(まつざわ・たかし)
1940年、鹿児島市生まれ。鹿児島実業高校電気科教諭を経て、現在非常勤講師。
全日本ユース選手権や高校総体を含め優勝3回、準優勝5回、3位7回。
市内の自宅に部員を預かる寮を構え、妻和子さんと暮らす。
鹿児島実業高校サッカー部 総監督。
鹿児島県サッカー協会副理事長/ 九州サッカー協会常任理事/ 全日本ユース大会実施委員

前園真聖

前園真聖(まえぞの・まさきよ)
1973年10月29日鹿児島県薩摩郡東郷町(現・薩摩川内市)生まれ。
小学生のとき兄の影響でサッカーを始める。鹿児島実高からJリーグ・横浜フリューゲルス(現在は横浜Fマリノスに合併)に入団。
キャプテンとして28年ぶりのオリンピック出場とブラジルに勝つという歴史的快挙を成し遂げる。
2005年に引退し、現在はサッカー解説者を務める一方でJFAアンバサダーとして少年サッカーの普及・促進にも努めている。

藤山竜仁

藤山竜仁(ふじやま・りゅうじ)
1973年6月9日鹿児島県鹿児島郡桜島町(現在の鹿児島市)生まれ。FC東京所属のDF。
鹿児島実高から東京ガス(現FC東京)へ入社。 鹿児島実高では前園真聖と同期で活躍。
チーム最古参の生え抜き選手でサポーター からの人気も高い。
本職は左サイドバックだが、センターバックや右SBも遜色なくこなす事ができる。
鋭い読みからのパスカットを得意としている。

赤嶺真吾

赤嶺真吾(あかみね・しんご)
1983年12月8日沖縄県那覇市生まれ。FC東京所属のFW。
鹿児島実業高校から駒澤大学へ進学。エースストライカーとして活躍し、数々の栄冠を手にする。
2005年FC東京の強化選手に指定され、翌年FC東京へ入団する。
ストライカーとしてこれからの活躍が期待される24歳。

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